『アドラーの「結末を体験させる」を福祉に活かす』

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■間違いだらけの「障害」と「グループホーム」■
『アドラーの「結末を体験させる」を福祉に活かす』
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こんにちは。
障害者向けグループホームを運営する松本です。

『嫌われる勇気』という本がベストセラーになり
アルフレッド・アドラーが再注目されました。

彼が提唱している一つに「結末を体験させる」
いう考え方があります。

~引用~
罰を与えるのではない。
結末を体験させるのだ。
子供が食事の時間になっても帰ってこなければ、
一切叱らずに食事を出さなければよい。

夕食の時間を約束し、遅れれば食事は出さないと
いう約束をして、それを守る。

「ご飯は?」と聞いた時に、
「時間に遅れたから食事は出せないのよ」と
答えればいい。

この方法は、自然な結末ではなく、
論理的な結末を体験させる方法。

この約束は理不尽なほど厳しいものではいけない。
罰だと受けとめるから。

叱責も嫌味も言ってはいけない。
これも罰になってしまう。

結末を知らせて相手に気づかせる。

例文は子供に関するものだが、
これは大人にも有効的でしょう。

障害福祉サービスも同様です。

権利擁護はしつつ理不尽ではない範囲で、
論理的な結末を体験しながら、
学習するプロセスが必要です。

人間は誰しも学習します。

「この場面では◯◯するといい」
「この場面では◯◯しない方がいい」など。

本人が学習する前に
支援という名のおせっかいをしすぎるのも
いかがなものでしょうか…。