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『アドラーの「課題の分類」を福祉に活かす』

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■間違いだらけの「障害」と「グループホーム」■
『アドラーの「課題の分類」を福祉に活かす』
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こんにちは。
障害者向けグループホームを運営する松本です。

『嫌われる勇気』という本がベストセラーになり
アルフレッド・アドラーが再注目されました。

彼が提唱している一つに「課題の分離」という
考え方があります。

~嫌われる勇気より~
まずは「これは誰の課題なのか?」を考えましょう。
そして課題の分離をしましょう。
どこまでが自分の課題で、
どこからが他者の課題なのか、冷静に線引きするのです。

言い方を変えれば、他者の課題には介入せず、
自分の課題に誰一人介入させないということ。

勉強をしない子供とその親の例が出てきます。

勉強をしないことで授業についていけず、
希望の学校にいけないのは子供自身。
勉強するかどうかは子供の課題。

親は勉強することは本人の課題であると伝えること。
見守り必要な時に支援することが親の課題。

自分がコントロールできるものには
自分の課題と認識する。

自分がコントロールできないものは、
相手の課題と認識する。

そこに境界線を引けるかどうか。

福祉の世界では、この課題の境界線を引けず、
自己責任で全て捉えて、
心が疲弊してしまう方がいるように感じます。

相手が誰であれ、
他人を変えることはできません。

支援者としてやるべきことをやったら、
そこから先は「相手の課題」と線を引くことが
必要ではないかと思います。

『アドラーの「目的論」を福祉に活かす』

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『アドラーの「目的論」を福祉に活かす』
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こんにちは。
障害者向けグループホームを運営する松本です。

一昨年は、
アルフレッド・アドラーがブームになりました。

現代にも通じる理論なのでしょう。

フロイトによって提唱された「原因論」と
アドラーが提唱した「目的論」はしばしば対比されます。

「原因論」は、我々は何かの原因が過去にあって、
現在の結果があるという考え方。

一方で、「目的論」は我々は何かの目的があって、
現在の結果を作り出しているという考え方。

どちらかが正しいというつもりはなく、
どちらも正しいと思います。

アドラーが否定する通り、
原因Aがあったら誰しも
現在の結果Bを生み出すわけではない。

対人関係はもちろんビジネスの多くのケースで、
過去の原因Aが現在の結果Bを作り出したと
言えることがあります。

ただし全てが原因→結果では説明が付きません。

何かの目的があり、現在の結果を作り出していると
考えたほうが説明がつくものもあります。

乱暴な事例を出すと、

・愛情不足(原因)→子供が親に反抗する(結果)

・子供が親に反抗する(結果)→親の関心を集めたい(目的)

ということがあります。

福祉の世界で仕事をしていく時も、
「原因論」「目的論」の両方で
利用者を見ていくといいでしょう。

(原因論)
過去のAがあるから、今のBという行動を取る。

(目的論)
今のBという行動を取るのは、目的Aがあるから。

アドラー理論は、
福祉の世界でまだまだ活用できそうです。

『研修は何のためにある?』

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『研修は何のためにある?』
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こんにちは。
障害者向けグループホームを運営する松本です。

毎年1回は虐待防止研修を受講しますし、
スタッフには受講していただいています。

毎回ながら、この内容を学んでいると

「管理と権利」を行き来しますね。

運営側の都合でいえば、安心・安全を確保したい。
ケガをしないように、トラブルが起きないようにとすると
何かと制限が増えていきます。

制限が増えていくと、利用者の権利擁護の観点で
問題点が出てくる。

その逆もしかり。

「利用者の権利を重視する」ということに
重点を置くと運営が難しくなる。

毎日トラブルやイレギュラー対応が起きて、
対処できなくなるでしょう。

安心・安全面でこれ以上、
責任が取れないと感じることもある。

研修講師の方がお話する内容は
理想論になりがちです。

グループワークなどをやると

「それができたら苦労しない。
うちの現場ではどう考えても難しい」

という声が聞こえてきます。

でも研修は理想論でもいいと
私は考えています。

現場のことばかりやっていると、
どんどん現場都合のルールがまかり通り、
視座が高まりません。

理想論を聞いて、自己矛盾を起こして、

「本来はあるべき姿はこうだよな。
 何か近づける方法はないか」

と考えて少しだけも改善すること。

それが研修の役割だと思います。

『無料でサービス利用できるという思い込み』

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『無料でサービス利用できるという思い込み』
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こんにちは。
障害者向けグループホームを運営する松本です。

グループホームへ本入居する前に
体験入居という期間があります。

1周間から長い方で1ヶ月位。

試しにグループホームで生活をしてみて、
仕事に支障がないか、
他利用者と上手く関係を作れるか、
などを見ていきます。

日用品、光熱費、食費、家賃などを
日割り計算で請求することになります。

驚いたことに、ご両親へ上記費用を説明すると

「お金がかかるんですか?無料ではないんですか?」

と言われたことがあります。

それ以外にも

「〇〇費は無料にならないのか?」
「区から〇〇費くらいは補助が出ないのか?」

などと言われることもあります。

私のように他事業もやっていると、
「無料」というのはありえないですし、
「無料」だと怪しいとさえ思いますね。

ある関係者の方は

「福祉サービスの費用負担をこれまで
してきてもらったから、多くのものが無料で
利用できると勘違いをしているご両親もいるんですよ。
だから有料ですよと言うと、
何でですか?と聞かれることも」

と言われていました。

もちろん一部の方ではありますが、
お金を払うという感覚が乏しいのかもしれません。

たとえ自分のサイフから費用を
支払わないことがあっても、
誰かが費用負担しているという感覚を
持っていたいですね。

『利用者とスタッフとの距離感』

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『利用者とスタッフとの距離感』
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こんにちは。
障害者向けグループホームを運営する松本です。

グループホーム事業を一般的な業界に置き換えると
お客様=利用者、サービス提供者:運営側、
ということになります。

昔は「お客様は神様」と言われていましたが、
今の時代では、捉え方が変わってきていますね。

利用者はお客様ではありますが、
神様ではありません。

かといって友人でもありません。

よくグループホームは一つの屋根の下で
“家族みたいだ”という人がいますが、
実の家族とも関係が違うかと思います。

利用者とスタッフとの距離感は何がベストなのか。

私はお客様と友人の中間くらいが
丁度いいのではないかと思います。

「お客様」に寄りすぎてしまうと距離が出ます。

心の距離があると利用者の困っていることを
聞き出して対処することはできません。

「友達」にしてしまうと、
サービス提供側のプロフェッショナル意識が
向上しません。

お金をいただいている意識がないと、
惰性で仕事をします。

「家族」でも同様です。

家族ならば
「心が繋がっていれば知識・スキルなんて…」
と精神論に偏りがちになります。

親しみやすさを持ちつつ、
礼儀正しさを忘れない。

常に近い存在でありながら、
プロフェッショナルリズムを持ち合わせる。

過度な期待かもしれませんが、
スタッフにはどちらも兼ね備えてほしいと思います。